男も女も、お互いに折れて折れて折れまくった暁にようやく結婚という契約を果たすことができるという気がする。さらには、どうせ結婚するなら、日常生活に興味を持つ男を夫に選びたい。どうやってご飯を炊いて、どうやって洗濯機を回すか、近所にはどんなスーパーマーケットがあるのか。そういうことを知らずに生きていけるはずがないのに、いるんですね、知らずに生きている男が。これは困る。結婚すると、素敵なレストランを知っているより、どこの棚にお茶の葉があるかを知っているほうが大切になる。日常生活に興味を持たない男に、「お茶の葉、取って」とは言いにくいでしょ、やっぱり。あるとき、男友だちにそう言ったら、彼は「そうなんだ。キミの言う通りなんだ。でもさ、だから結婚するのいやなんだよね。面倒くさいじゃん。俺、縛られるのまっぴらごめんなんだ」などとのたまう。ちなみに彼は40歳になっても、まだ独身である。彼ばかりではない。私の周囲には、結婚する気配がない男の人がけっこうたくさんいる。口では「結婚したいんだ」とか「誰かいい人、紹介してよ」などと言うくせに、実は「結婚なんてそんな面倒くさいもん」と、思っているようだ。恋人がいるのに、ノラリクラリしていて結婚しないまま月日ばかりを重ねている人も多い。まったく言動が一致していないのだ。自由気ままな独身生活を送っていると、結婚がうっとうしいものに思えてきて、しだいに億劫になってしまうもののようだ。こうした「自由でいたい」願望が強すぎる男は、結婚には向いていない。結婚するなら、彼はあなたの影響を上手に消化できる男性ですか?自由が削られていくことを覚悟しなければならない。自分だけはそうならないと思っていても、家庭を持ちながら、野原を駆け巡る馬のように自由というわけには、やはりいかないのである。それどころか、結婚すると、妻は夫の手綱を握って、思い通りに動かそうと躍起になる。もちろん、夫も妻をコントロールしようとする。暴れ馬とそれを乗りこなそうとする騎手の関係となる。どちらが騎手でどちらが馬か、判断するのはむずかしいが、とにかく、お互いがお互いを「じやじや馬ならし」しようと必死になるのは確かだ。もしかすると、結婚とは、一生、思うようにならない相手を調教しつづけるものなのかもしれない。こんなとき、調教されること、それ自体をいやがるような人は、結婚には向かない。自由を少しでも削られたくないとか、相手からの影響を断固拒否するような男との結婚は、妻にとって苦しいものになるだろう。けれども、彼らは気づくべきだ。手綱を握られているからこそ、速く走れる場合もあるということを。制限されているからこそ、自由が輝いて感じられるということを。結局、私の考える結婚に向く男性は、次のような条件を備えた人ということになる。まず、責任感があり、他人に折れることを知っていて、日常生活に興味を持ち、そして、調教されることをいとわないヒト。わが夫がその条件を満たすかどうか、それは内緒にしておこう。ま、全部の条件を満たさなくても、結婚生活は可能だということを言い添えておこうかな。
[参考サイト]
南青山の結婚式場
http://www.le-anges.gr.jp/
教会結婚式場のご案内 | 南青山ル・アンジェ教会
http://www.le-anges.gr.jp/chapelle/wedding.html