学生が受けつける情報は、学問のことだけではない。日常生活での情報も、テレビや新聞や週刊誌を通して、毎日入ってくる。これらの情報も処理しなければならない。それで、本を読まない、ものを考えない学生がふえることになる。日常的な情報はよいとしても、学問の世界にまでそれを安易にもちこんだのでは、やはり困ることになる。問題は情報の洪水におし流されるのではなく、くり返していうが、情報の底にある考え方を身につけることである。これまで学問について、考え方が大切だということをくり返し述べてきた。現在この考え方はどうなっているのだろうか。その前に、きみたちは学問ということばにも、ひっかかっているかもしれない。学問などという言い方は古いのであって、今は科学というべきだろう。しかし、こう表現を変えるまえに、きみたちに一つ聞いておきたいことがある。きみたちはいままでに、「真理」ということを考えたことがあるだろうか。第二次大戦前の学生は、人生とはなにかとか、真理とはなにかとか、よくわからぬながらも考えたものである。そういうことを問題にした本がいくつもあった。阿部次郎の『三太郎の‐記』とか、倉田百三の『愛と認識との出発』などは、学生の必読書とされていた。ところが今は、真理とか、本質とかいうことは、ほとんど問題にされなくなった。それと並行して、学問ということばも古めかしくなり、科学ということばが一般に使われるようになった。
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